ポルトガル語から日本語になった共通の言葉と翻訳できる言葉は?由来は?

身近な言葉に中に、多くのポルトガル語から日本語になったものがあるのを知っていますか?よく使われるものでは《ボタン》や《ビスケット》《カッパ》など、普通に日本語として認識してしまっているようなものがたくさんあります。そういった言葉の由来やどういう言葉があるのか、ちょっと知りたいですよね。

 

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日本語になった言葉と意味が共通のもの

《日本語》〔ポルトガル語の発音〕ポルトガル語の意味の順。

《かっぱ》〔カッパ〕マント、ケープ・《如雨露(じょうろ)》〔ジャーホ〕水差し・《シャボン》〔サボォン〕石鹸・《タバコ》〔タバーコ〕タバコ・《襦袢(じゅばん)》〔ジバォン〕昔の男性の胴衣、上衣の一種・《ボタン》〔ボタォン〕ボタン・《パン》〔パォン〕パン・《ビロード》〔ベルードゥ〕ビロード・《ビスケット》〔ビスコイト〕ビスケットなどがよく使われているものの中で、意味が共通のものです。

 

日本で使われている言葉と翻訳すると意味が似ているもの

《カルタ》〔カルタ〕手紙、トランプなどゲームのカード・《金平糖》〔コンフェイト〕粒や種を砂糖でコーティングしたお菓子・《ボーロ》〔ボーロ〕お菓子、ケーキ、ドーナツ・《バッテラ》〔バテイラ〕小舟・《テンプラ》〔テンペロ〕調味料などがよく耳にする言葉の中で、意味共通ではないけれどなんとなく似ているものです。

また『ピンからキリまで』という表現をしますが、この《ピン》はポルトガル語の小さな点という意味の〔ピン〕からきていますし、《キリ》は〔クルシュ〕という十字架の意味で日本では「十」(10)という風に使っていますから、『一番から十番まで』つまり、上位から下位までという意味になります。

 

その言葉の由来は?なぜポルトガル語から?

その昔、織田信長の時代である1543年8月25日(旧暦)、種子島最南端の門倉岬に1隻の船が漂着したことから日本とポルトガルの関係が始まります。その時の種子島島主種子島時尭は、漂着した船に乗っていたポルトガル人が持っていた、これまで見たことのない火器に興味を示し、金2,000両(今だとどれくらいになるのか、想像もつかないほどの大金なのでしょうか)で2挺を譲り受けました。これがいわゆる「鉄砲伝来」、両国間の470年ほどの交流の始まりです。その後、 日本との通商を求める商人の動きが活発になります。また、貿易はキリスト教布教も一緒に行われるものという戦略があり、貿易商人と一緒にたくさんの宣教師たちも日本を訪れます。その中で日本語になっていったポルトガル語がいくつも現れてくることになるのです。

 

 

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