• 投稿 2015/03/13 更新 2015/03/20
  • 雑学
国民栄誉賞2

「こけら落とし」とは、新しく建てられた劇場で初めて行われる催しのことをいいます。

最近では、東京銀座にある「歌舞伎座」が五代目の劇場として新しく建て直され、

2013年4月2日から1年にわたり「こけら落とし」公演が行われていました。

この「こけら落とし」とは、なぜいわれるようになったのか、言葉の語源や

意味などを調べてみましょう。

 

 

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・こけら落としの語源は?

こけら落としの「こけら」とは、材木を削った時に出る切り屑のことです。

新築や改装の工事の最後に、屋根などの「こけら」を払い落としたことから、

完成後の初めての興行を「こけら落とし」と言うようになりました。

ちなみに英語で「こけら落とし」は、“opening of a new theater”と

なります。

 

・こけらを漢字で書くと「杮」、この字が話題に!

こけらとは、漢字で「杮」と書きます。木になっている“かき”「柿」との

字の違い、分かりますか?この二つの漢字が酷似していると、

Twitterで5,400件のツイート超えをして話題になりました。

どちらの字も木偏(きへん)ですが、右側の旁(つくり)が

微妙に違います。漢字のかき「柿」の旁(つくり)は、鍋蓋(亠)に

巾と書くのに対し、こけら「杮」の旁は、一に冂と書いたら上から

縦棒1本まっすぐに書きます。

ですので、こけら「杮」の字の画数は1つ少ないのです。

過去には、この二つの字は同一文字として扱われたり、

逆になっていたこともありましたが、

現在は「柿落とし(かきおとし)」と表記するのは間違い、

となりました。

 

・現存する劇場のこけら落とし公演

・日生劇場  1963年  ベルリン・ドイツ・オペラによる『フィデリオ』

・帝国劇場 1966年 『風と共に去りぬ』

・東京ドーム  1988年 『美空ひばり復活コンサート』

『世界各国のマーチングバンドとTHE ALFEEの共演コンサート』

・宝塚大劇場   1993年 星組による『宝寿頌/Parfum de Paris』

・四季劇場「春」 1998年  『ライオンキング』

・四季劇場「秋」 1998年  『李香蘭』

『ジーザスクライストスーパースター』他

・東京宝塚劇場     2001年   月組による

『ますみれ花咲く/愛のソナタ』

・歌舞伎座     2013年   『壽祝歌舞伎華彩(ことぶきいわうかぶき

のいろどり)鶴寿千歳』他

 <“不死鳥伝説”と語り継がれる東京ドームこけら落とし公演“美空ひばり復活コンサート”>

 

肝硬変と大腿骨頭壊死症という重い病で入院生活を余儀なく

されていた歌謡界の女王「美空ひばり」。

本人のどうしても歌いたいという意志で、東京ドームの

こけら落とし公演で行われた最初のコンサートは、

美空ひばりの復帰を賭けた舞台でした。

無事終えた2時間に及ぶコンサートですが、

舞台裏では様々なドラマが起こっていました。

 

当時のマスコミは、美空ひばりは重い病気で再起不能、

とまで報じていました。入院先の病院で夏を迎えても、

ひばりは「喉を痛める」と冷房もつけず治療に耐えていました。

その姿に、医師や制作スタッフは

「ひばりを復帰させ、舞台に立たせる」ことを誓います。

そして壮大な計画が持ちあがります。総勢300名にのぼる、

ひばり復活公演プロジェクトが動き始めました。

しかし、東京ドームには巨大空間ゆえの問題がありました。

大きな音を出せば出すほど、こだまのように音が残ってしまう

”残響”の問題。通常のホールで2秒の残響が、東京ドームでは

5,6秒にもなります。そのままでは歌えない可能性もありました。

さらに歩くと苦痛にさいなまれる状態のひばりを、必要以上に

動かさない工夫が必要とされました。それらの条件のなか、

スタッフは復活の舞台を演出しなければなりませんでした。

病に倒れて1年後の昭和63(1988年)年4月11日

幕が上がりました。美空ひばりは、5万人の観客が見守るなか、

東京ドームの舞台に立ちました。控室にはベッドと

酸素ボンベが置かれ、医師が待機していました。

とても歩ける状態では無いにも拘らず、沢山のファンに

手を振り続けながら全快をアピールしました。

そのゴール地点には息子の和也さん控え、ひばりは

倒れこむようにそのまま救急車に乗せられて

東京ドームを後にしたといいます。

命を削って臨んだステージは、ひばりの不死鳥伝説となって

語り継がれています。

 

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